ヒメバチ科について(概論)

ヒメバチ(姫蜂:Ichneumonid wasp)は膜翅目ヒメバチ科に属するハチの一群で、全ての節足動物の中でも最大級の種多様性を誇る巨大な分類群です。一般には寄生バチの仲間としてよく知られています。ちなみに、良く知られたアメバチやオナガバチもヒメバチの中の1グループです(なお、同じく良く知られたウマノオバチはヒメバチの親戚であるコマユバチの仲間です)。高山の森林限界周辺から、海岸の草原まで、あらゆる多種多様な環境に棲息し、意外に知られていませんが、全ての昆虫の中でも最も身近で、探せば直ぐに出会えるすごく身近な昆虫です。

 

1969~1971年にかけて、混乱していた世界のヒメバチの体系(ヒメバチ亜科を除く)の整理という偉業を成し遂げたタウンズ博士(Henry Townes)はこの巨大な分類群の種数を見積もり、世界中にまだ人類が発見していない種を含め、なんと推定で60000種は棲息しているだろうとの考えを示しました(Townes, 1969)。その後、時は流れ、タウンズ博士に並ぶ偉大なヒメバチ研究者(非常に悲しい事に、2009年の初めに亡くなられてしまった)の一人であるゴールド博士(Ian Gauld)は1997年にコスタリカのヒメバチをまとめたモノグラフの第2弾を出版し、その中でタウンズ博士の見積もりを遥かに上回る100000種という驚異的な種数の見積もりを示しました(Gauld, 1997)。一方、人類の探究心は留まることを知らず、現在では世界からおよそ23500種のヒメバチが記録されるに至りました(Yu & Horstmann, 2005)。もしも、ゴールド博士の見積もりが当たっているとすると、地球上にはあと76500種が人類に発見されることを待っている!?(あるいは逆に隠れている?) ことになります。このうちの幾つかの種は、実は今日も我々の周りで飛んでいるかもしれません。

ヒメバチはいわゆる寄生蜂(捕食寄生蜂)の仲間で、寄主となる昆虫はノミ目とネジレバネ目(彼らはヒメバチにとっては小さすぎる?) を除く完全変態群の昆虫の卵~蛹に寄生し、蛹より羽化脱出します。完全変態群の昆虫でも、多くヒメバチが利用しているグループは鱗翅目、鞘翅目、双翅目そして膜翅目の4大目で、残りの目への寄生はごく一部のグループで派生的に生じたものと考えられています。不完全変態の昆虫への寄生例は知られていませんが、その一方でクモの成体や卵嚢、更にはカニムシに寄生するヒメバチも記録されています。

 

ヒメバチはこの寄生(捕食寄生)という生態を持つことから、自然界で他の昆虫の数をコントロールする役割を担っています。幾らかのヒメバチでは、このコントロールする対象の昆虫が、時に畑や水田で作物を食害する害虫や、森林に大発生し、木を食い荒らす害虫であることがあります。その場合、ヒメバチは極めて重要な天敵として、人類の役に立つことになります。逆にヒメバチがいないと、(極端な場合)その分被害は増え、増えた害虫の駆除のために必要以上に農薬を使用しなければならなくなります。

 

近年では、生物多様性についての感心が高まるとともに、農業において総合的病害虫管理(IPM)を重要視するようになってきました。これらの観点から考えると、ヒメバチをはじめとする寄生蜂の重要性は、以前より更に増してきているように私は感じます。

 

しかしながら、実際には採集したヒメバチの種名を調べることすら容易ではなく(この事はヒメバチを調べた事がある方なら殆ど全員の方が感じていると思います)、まして個々の種の分布や生態は、殆どが断片的な報告か、海外の文献に記された記述から推定するしかないのが現状です。これらの原因の多くは、わが国(とその周辺地域)におけるヒメバチの分類が不十分であること、そして過去の研究の結果がわかりやすい形で普及されていない為、種名を調べやすい環境が整備されていないことに起因していると、私は考えます。その点で、ヒメバチをはじめ、多くのハチは鞘翅目(甲虫)や鱗翅目(チョウとガ)の仲間に比べ、根本の部分で極めて遅れているといわざるを得ません。

 

現在、日本のヒメバチは1430種ほど記録されていますが(小西、2009)、まだまだ種名や生態のわからない種が山積みで、最終的に日本から記録されるヒメバチは3000種に達するのではないかと考えています(参考:亜種を含めた日本のクワガタムシが80種程度、日本のチョウが250~300種程度)。種数の予想に対する理由として、多くの昆虫は熱帯で種多様性が増すことに対し、ヒメバチの種多様性はより北方の森林を交えた地域において、最も種多様性が高い、つまり温帯を中心に南北に細長い日本は多様性の非常に高い地域である(※)こと、周辺地域に棲息する種のうち、かなりの種数が今後日本でも見つかる可能性が高いと考えられること、ヒメバチを調べている人がハチに対し圧倒的に少なく、研究が追ついていないことを私は挙げます。

(渡辺 恭平)

 

※ 最近の研究で、熱帯地域でもハエヒメバチ亜科のような微小なグループを中心に、巨大なヒメバチの多様性が存在するのではないかという報告が出ました(Veijalainen et al., 2012)。しかしながら、ハバチ類を利用するグループが極端に欠落したり、多くの飼い殺し寄生者が所属する亜科の種数などを見ても、多様性に著しいバイアスがあることには変わりなく、ハエヒメバチ亜科は日本ですら解明度が5%程度であることからも、多様性のパターンについては今後も継続して議論をしてゆく必要があります。