コンデジを用いた顕微鏡写真の撮影方法

 昆虫の標本写真を撮影する方法はいくつもあります。一眼レフカメラによる撮影や顕微鏡付属の撮影装置を使う方法、最近ではビデオマイクロスコープを用いた撮影方法も良く行われています。また、焦点合成をして芸術品のような写真を作成する技術もさまざまな昆虫学者によって行われています。

 一方で、多くの機材は比較的高価であり、全ての人が容易に行えるわけではありません。ここでは、安価に入手できるコンパクトデジタルカメラ(コンデジ)と一般的に使用されている実体顕微鏡を用いた写真撮影の方法を紹介します。このウェブサイトの標本写真はほとんどがこの方法をベースにした方法で撮影したものです。

 先に断っておきますがハイクオリティの写真があればそれに越したことはなく、よい撮影機材と合成技術の習得は重要なことです。予算の問題、質より時間優占の場合はこの方法も役に立ちますが、それぞれの目的に応じて工夫することが重要だと思います。

今回扱う方法の大まかな特徴

 

[長所]

① とにかく安く行える

② 作業時間が短い

③ 基本的にどの研究機関でも行える

[短所]

① 焦点合成ができない(多少ピントがあわない個所が生じる)

② 顕微鏡の視野に収まらない大きな昆虫には不向き

 

短所のうち、①に関してはピントを合わせたい部位に応じて撮影枚数を増やすという原始的な方法で対応していますが、焦点合成で生じる体表の剛毛によって体表が隠される問題をある程度防げるので、結果として便利な場合もあります。

 

使用機材など 

書いてある機材はあくまでも私が使用しているもので、これでないとできないわけではありません。

 

[カメラ] RICOH CX1 (CX6も問題なく使える) 

このシリーズは型落ちモデルであれば10000円以下で購入可能

 

いまのところリコーのCXシリーズが焦点を合わせる位置を手動で調整できたりと、使いやすく愛用していますが、他のコンデジでほとんど試したことがないので検討してみてください。カメラ自体は衝撃に若干弱い(テーブルに強く置くと電源が切れることがある)ですが、120000枚標本写真を撮影してもびくともしません。800枚くらい撮影するとバッテリーが切れるので、調査の際は通販で購入した予備バッテリーを持ち歩いています(充電自体はとても早く、あっという間に終わる)。

 

[顕微鏡] Nikon SMZ800(最近使用)、Olympus SZ60(ちょっと前に使用)

 

顕微鏡を選ぶ際に重要なことは、接眼レンズの大きさ(直径)で、SMZシリーズ、SZシリーズとも通常のレンズで問題なく使え、ライカの顕微鏡も大抵使えます。接眼レンズの直径が小さい場合は写真のサイズが小さくなります。ちょっと注意する必要があるのは10万円以下の安価な実体顕微鏡で、接眼レンズの直径によっては少し工夫がいるかもしれません。

 

[照明機材] セガワサイエンスコミュニケーション ダブルアームLED顕微鏡照明

 

照明としては白色みの強い明かりが良く、LEDの照明装置が美しく見えます。学生などで予算が少ない場合はLEDの懐中電灯と充電池の組み合わせで比較的安い装置を作れます。照明装置にはトレーシングペーパーなどをディフューザーとして取り付けることによって、光の反射を軽減します。

 

愛機 RICOH CX1 一日3000枚撮影にも耐える
愛機 RICOH CX1 一日3000枚撮影にも耐える
撮影設備。照明装置にはトレーシングペーパーを巻いてある
撮影設備。照明装置にはトレーシングペーパーを巻いてある

撮影

 

撮影を行う際は接眼レンズにカメラを近づけて撮影します。顕微鏡の視野が丸く映るはずですが、その輪郭がなるべくクリアにくっきりと出ているときが撮影のタイミングです。多くの実体顕微鏡では接眼レンズからわずかに離れた位置がその状態になります。実際我々が接眼レンズを除く際も実際には接眼レンズから少し離れた位置に眼がありますが、それと同様です。

 細かなカメラの設定はさておき、コンデジは周りの明るさをもとに自動的に明るさを調整してしまい、顕微鏡を通した撮影の場合は大抵画像が暗くなってしまいます。そこでカメラの癖を使用します。それは、レンズの外から急に視野をレンズ前に移動すると画面が明るくなる点です。絶妙な距離を保ちながらカメラを接眼レンズの外から内に動かし、明るくなっている最中に何枚も撮影すると、とても良い明るさで美しい写真がしばしば撮影できます。それを利用します。

 背景となる顕微鏡のステージは顕微鏡のデフォルトで問題ありませんが、グレーや黒の紙を使用しても良いかもしれません。標本と背景の間はある程度スペースがあると良く、台紙や針に貼った虫は撮影がほんのちょっと難しくなります。標本のコンディションや撮影する昆虫の体色など、それぞれに応じて工夫をすることが重要です。

ちょっとだけ隙間をあけて撮影する(撮影時はカメラを接眼レンズに対し素早く平行移動させ、画面を明るくさせる)
ちょっとだけ隙間をあけて撮影する(撮影時はカメラを接眼レンズに対し素早く平行移動させ、画面を明るくさせる)
カメラを接眼レンズに密着させ、固定した状態で撮影したもの
カメラを接眼レンズに密着させ、固定した状態で撮影したもの
失敗。暗すぎて輪郭がぼやけてしまっている(上)、明るすぎて翅の画像がとんでしまっている(下)
失敗。暗すぎて輪郭がぼやけてしまっている(上)、明るすぎて翅の画像がとんでしまっている(下)
まぁまぁなクオリティ。右下の黒い部分は私の使用している検鏡台のステージ
まぁまぁなクオリティ。右下の黒い部分は私の使用している検鏡台のステージ

それなりにきれいな画像が得られたら、パソコンの画像編集ソフト(Photoshopなど)を用いて編集します。このソフトウェアの通常版は高価ですが、廉価版でも十分機能的には足りますし、大学などの研究機関ではたいてい共用パソコンにインストールされています。

画像の編集 (ここではAdobe Photoshop 7.0を使用しています)

 

まず鉄則ですが、画像を編集する際はかならずバックアップをとります。

 

撮影した画像の中からきれいなものを選び、編集してゆきます。画像解像度が低い場合は100~300dpiあたりに調整し、まずは以下の手順で周囲に黒く映った部分を消してゆきます。

 

[周囲の黒い部分を消す方法]

① 丸く映っている視野内に四角い枠を作成し、その選択範囲内に全てが収まる場合(=黒い部分のみを問題なく消去できる)

 

→ そのまま範囲を選択し、イメージの「切り抜き」

 

② 四角い枠で切り抜くと体の一部まで削除されてしまう場合

 

→ ツールウィンドウ(左に表示されているパレットみたいなもの)の「スポイトツール」を用いて画像の中で一番良い背景色をピックアップする。その色で黒い部分を中心に背景を塗ることにより、違和感のない背景を作る。その際、「鉛筆ツール」が選択されている場合は塗りつぶした輪郭が目立つので「ブラシツール」を選択し、流量を50程度に設定し、少しづつ塗り重ねてゆく。細かな箇所も含めて背景色をなるべく均一にすると美しいが、この程度については適宜調整する。

 

下記の画像は②の実践を説明するために掲載していますが、実は①の方法で十分だったりします。実は②の方法の最大の利点は顕微鏡の視野のぎりぎりまで標本を拡大して撮影できる点にあります。

 

画像解像度の調整(しなくてもよい)
画像解像度の調整(しなくてもよい)
背景色のピックアップ
背景色のピックアップ
黒い部分を中心に背景を整えてゆく(パソコンの画面を傾けるとコントラストが目立ち調整しやすい))
黒い部分を中心に背景を整えてゆく(パソコンの画面を傾けるとコントラストが目立ち調整しやすい))
細かな部分は拡大して修正してゆく
細かな部分は拡大して修正してゆく

背景の調整が終わったら、必要に応じてレベル補正、コントラスト補正、明るさ補正、アンシャープマスク(輪郭をくっきりとさせる)を行います。これら機能はプレビューで変更後の画像が確認できるので、とりあえずいじってみるのも手です。

レベル補正
レベル補正
明るさとコントラスト
明るさとコントラスト
アンシャープマスク
アンシャープマスク
完成した画像
完成した画像
ラベルの写真もとっておく
ラベルの写真もとっておく
ピンセットの背を使って針の孔を埋めて再度刺せるようにする
ピンセットの背を使って針の孔を埋めて再度刺せるようにする

さいごに

 

この撮影方法はタイプ標本の調査等でも威力を発揮し、特にハチのように脚や翅が様々な角度に曲がり、甲虫やガ、カメムシと違い一方向から撮影が難しい昆虫の撮影には様々な角度から写真を撮影する際のスピードも相まって便利です。私は各種の画像を標本ごとにフォルダで管理しており、最後にラベルの写真を入れてあります。ラベルを外す際は、針の孔をピンセットの背で埋めて同じ場所に刺すと孔を増やさず、ラベルが回転しないため良いです(研究機関で行う際は標本の管理者に確認をとってください)。